『ちゃんとご飯は食べているのかしら』
薄暗い室内の中、若い女性の声が部屋の中に響く。
その部屋はほとんど何もない部屋だ。綺麗に整ってはいるが生活感がまるでない。
あるのは寝具と机と大き目の箱と……モニター。
モニターには一人の女性が映っている。鼻から上が画面から切れていて、はっきりと誰だとわからないようにしていた。
「うん、ちゃんと食べてるよ」
女性の質問に答えるのは子供の声。
モニターの前に座り込んでいる小さな小さな子供から出た声だった。
子供は頭に被った水色の帽子を珍しく少しだけあげている。その目が見えるように。
子供は自分の目が嫌いだったから、普段は決して見せるわけがないのに。
けれど子供は帽子をあげてまで画面の女性を凝視している。
『研究員の人の言うことはちゃんと聞いてる？』
女性の質問はまだまだ続く。時折ザザっという音と共に画面にノイズが混ざるが、画面の向こうの女性も子供も気にしないようだ。
「……研究員の人、は…………死んじゃった……よ」
ほんの少し言いよどみながらも子供ははっきりと画面の向こうの女性に伝える。
『そう、ちゃんと良い子にしてるのよ』
しかし女性は子供にそんなことを伝えられても何の動揺もしなかった。
ただ次々と子供に色んなことを聞いていくだけだった。
「ちゃんと良い子にしてるよ。コロワさんが良い子って褒めてくれるんだ」
『好き嫌いは減ったかしら。お肉もきちんと食べなければだめよ』
「食べられるようになったよ、ダテンさんが泣くから」
『病気になんてかかってない？マレはすぐに風邪をひくから……』
「大丈夫。すぐにクブツさんが治してくれるから」
『お風呂も一人で入れるかしら？あまり人の手を煩わせてはだめよ』
「一人では……無理かな。アプリケットさんが何故か一緒に入るから」
『体は大きくなったかしら。そっちに行ったときに着ていった服はまだ入る？』
「さすがにもう入らないよ。でもヘレナさんが作ってくれるから大丈夫」
『他の子供とも仲良くやってるかしら？』
「エギスさんがよく一緒に遊んでくれるよ。……空を飛ぶのはちょっと怖いけど」
『勉強もきちんと頑張ってる？』
「アガラさんとシガラさんが色んな事を教えてくれるから」
『誰か頼れる人は出来た？』
その言葉に、子供はほんの少し戸惑ったあと遠慮がちに「ルニカさん」とだけ答えた。
子供の回答を聞いたあと、画面の女性は黙る。一度だけ画面の向こうでチンと音が鳴った。
「ママは元気？」
『お母さんは元気よ』
「嫌な目にあったりしてない？」
『大丈夫、平和に暮らしてるわ』
先ほどまでは子供が質問に答えていたが、今度は画面に映る女性が子供の質問に答えていった。
その答え方には何の躊躇もない。まるでわかりきった問いと答えを繰り返しているようだった。
幾つかの質問をした後、子供がふ、と深呼吸をした。
そして最後の質問をした。
「ママは……僕がいなくて寂しい？」
『ええ、ママは貴方がいなくて寂しいわ』
その回答に子供はどこか寂しそうな顔で画面を見つめる。
そして
「もう僕は……」
とだけ呟いた。
その後子供は何があったかを報告していく。画面の女性はたまに相槌を打ちながら楽しそうに話を聞いている。
ひとしきり話した後、子供は無言になる。
けれど画面の中の女性はいまだ相槌を繰り返していた。
まるで相手の話など聞いていないかのような反応。だが子供は気にしない。
「……」
子供はそのまま無言でモニターの下のスイッチを押した。
ピッという音がして画面が消え、真っ暗になる。
そして下の装置から機械音がして一枚のディスクが出てきた。
子供はそれを慣れた手つきで取ると、ケースに納める。
子供にとっては、よくある風景、だった。

子供が寝息を立てる暗い部屋に、一人の子供が現れる。
白髪の子供は小さな子供の横に立つとその頭をそっと撫でた。
「聞いてはいたけど、歪んでるねぇ。真っ直ぐだけど、歪んでる」
白髪の子供は知っている。小さな子供が見ていたのがただの録画された映像だということを。
白髪の子供は知っている。小さな子供が昔、研究員にねだって録ってもらったものだということを。
白髪の子供は知っている。その映像の女性が小さな子供の『ママ』ではないことを。
白髪の子供は知っている。小さな子供も画面に映る女性が『ママではない』ということを知っているということを。
白髪の子供は知っている。小さな子供の『ママ』は今どこで何をしているのかを。
白髪の子供は知らない。小さな子供は『ママ』を。

真っ直ぐに、けれど歪んで育つ小さな子供は何になるのだろうか。

end










７９万ＨＩＴありがとうございます！
７９万お礼絵マレです！
zigorekishi組厚塗りシリーズラストです。
ようやく全員分描ききった・・・。
マレの話は何かホラーというか奇妙というかそんな話になってしまいましたね。
本編であんまり過去が明かされないマレの裏話です。
マレが精神的に辛すぎたのでとある人がマレのために録ってあげたもの。
そのとある人が画面向こうの女性役やってます。
マレが精神的にやばくなると見せて落ち着かせる。
マレが起きた後は奇跡的に残ってたのでマレがそのまま自室に持ち込んで見ている。
ルニカは人の部屋にこっそり入る悪い子。

画像よく見えないぜって人はこちらより小さい（すぎる）絵が見れます。
縮小するとやっぱり綺麗に見えるよね・・・。

イラストへ



2015/07/17