first_ep_lily
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「近寄らないで!」
パンッという大きな音が響いた。
手をはねられた目の前の少女は驚いたような顔をした。
「貴方達も・・・っ!
私をこのようにした原因と同じよ!
私は貴方達なんかと一緒じゃないわ!」
苦しい、辛い、誰か助けてほしい。
父様、何故神様はこんな辛い目にあわせるんですか?
私は、何もしていないのに。
「一緒、だよ。
悲しいけど君も私も一緒の存在になったんだよ。
わからなくて、辛くて泣きたくなるのはわかるよ。
でも・・・泣きじゃくったってこの状況はかわらないんだよ」
この状況、それが私にはわからない
この、殺されたと思ったらこんな、よくわからない世界にいた。
そこには私の前に殺された子達が立っていた。
手には包丁、私の手にも・・・包丁。
まわりはただの草原。
そこに立っている私とそう年のかわらない子達は一様に泣いていた。
私も泣いている。
悲しくて、どうしてこんな目にあわなければいけないのかわからなくて。
私がこの国の人間じゃなかったから?
私がもっとこの国に馴染むように努力しなかったから?
何が悪かったのかわからない。
ただ父様の元から無理やり連れてこられて、
連れてこられたと思ったら、殺されて。
何なのかわからない。
わかるはずもない。
ドロドロとした感情が心を支配する。
帰してほしい、私の国に。
それが無理でも、せめて家族の下に帰してほしかった。
「よくそんなに冷静にいられるわね!
私は・・・私は・・・っ!」
そこまで言って、また涙がでる。
止まることを知らない水滴は私の顔を濡らす。
ぎゅっと強く握った手は伸びた爪のせいで痛かった。
「そうだよね」
目の前の子が、私の握りこぶしをそっと包み込むように握る。
「ひ・・・っ!」
「気味が悪い」
「アレは人間じゃない、人間はあんなイキモノじゃない」
「妖怪だ、きっと」
「殺してしまえ」
それが怖くて、思わず手を振り解く。
けれど振りほどいた手をその子はまた握った。
「ほら、手、怪我しちゃうよ」
ゆっくりと、ゆっくりとぎゅっと握ったこぶしを開かれる。
開かれた手は伸びた爪で赤く滲んでいた。
「わからないよね、妥協なんて言葉。
身長高いけど私より年、下でしょ?
そうだよ・・・こんな小さい子に、妥協なんてわかるはずがない」
怪我した手がぎゅっと握られる。
その手はとっても温かかった。
「ごめんね、私がもう少し考えていればせめて死ぬだけで済んだのに」
目の前の子の、綺麗な赤い目から涙が零れ落ちる。
泣く子達の中で、唯一泣かなかった子が大粒の涙をその瞳から零した。
「ごめんね、本当にごめんね。
恨んでいいよ、泣いてもいい、赦さなくてもいい、でも」
腕をひかれ、抱きしめられる。
「一人にだけはなっちゃだめ」
優しく抱きしめられ、頭を優しく撫でられる。
「一人になったら、寂しいよ。
一人になったら・・・本当に人じゃなくなっちゃうよ。
だから、誰でもいい、誰かとともにいて」
冷たかった身体に、目の前の子の温かさがうつってくる。
それはまるで父様や母さまに抱きしめられているような懐かしさがあった。
「う・・・うぁあああああああああ!!」
途端に、涙が溢れ出す。
さっきまででていたものと違う、辛さを押し出す涙を私は流した。
世界が滲む。
大きな大きな青空が、涙で歪んで白く見えた。
「ね、君の名前は何かな?」
散々泣きじゃくって、ようやく落ち着いたころに目の前の子が言った。
それとともに抱きしめられていた体が解放され、少し物足りなさを感じた。
「あ・・・名前、私の名前は・・・」
聞かれた言葉に答えようと、言いなれた言葉を口にしようとするも、上手く言葉にでない。
混乱してるから、とか、さっきまで泣いていた、からじゃない。
おかしい、こんな簡単なことができない。
まるで、脳に霞がかったかのように、名前が思い出せない。
そのかわり、その、名前のあった場所にあったのは
「ぱ・・・パン切り包丁・・・・さん?」
ただの、物質の名前。
「え?あ・・・なんで?私、こんな名前じゃ・・・ない」
違う。
違う違う違う。
この名前は私の名前じゃない!
「ちが・・・っ!
私・・・私の・・・名前は・・・」
頭の中が真っ白になる。
どうしても、私の名前が、思い出せない――――
「あ、わからない、なんでっ!こんな名前じゃない違う!私の名前は私の、名前は!!!」
「私の名前はね、椿だよ」
絶叫にも近い言葉をさえぎるように目の前の子が言う。
「椿って花、知ってるかな?
赤い花なんだけど・・・。
私の名前はそこからきてるの」
椿と名乗った目の前の子はにっこりと笑った。
「拾われたときにね、椿の花を持ってたのと、この赤に近い髪からつけられたんだ」
にっこりと笑った椿は、私の頭を撫でながら優しく優しく、まるで妹にでも言うかのように言った。
そして、私の手を握った。
「君の名前は由来とか、あるのかな。
たぶんとっても綺麗な名前だと思うんだけど」
ね、と笑う椿の顔。
その顔に、父様の笑顔が重なる。
「お前の名前はね、綺麗で純潔でとても美しい花から名前をもらったんだ」
「見たことあるだろう?
とっても綺麗なあの花を。
お前が生まれた瞬間、思いついたんだ、そう、花の名前はお前と同じ―――」
「リリィ・・・」
思い出した、私の名前は・・・父様がつけてくれた『リリィ』
「リリィ?それが君の名前?」
椿が首をかしげてこちらを見ている。
「リリィとはこの国で言う百合です」
それに応えるようにそう言うと
「ああ!百合って君の国ではリリィって言うんだ!
へ〜、綺麗な名前だね」
と凄く嬉しそうに笑った。
「リリィ、これから永い間よろしくね」
にっこり笑ってまた頭を撫でられる。
「・・・」
それがくすぐったくて、椿に手を伸ばした。
「?」
「わ、私の国でのよろしくの挨拶です!
手を・・・」
おずおずと伸ばされた椿の手を伸ばした手でしっかり掴む。
その手を軽くぶんぶん振れば、椿は驚いたような顔をした。
でもすぐに
「うん!よろしくね!リリィ!」
と、顔を眩しいまでの笑顔にかえた―――。
今でも悲しいし、辛い。
それでも、一人でなかったのなら、それは不幸中の幸いだと思う。
それが、私がカミサマになって得た大事なものの一つだ。
終